VOCA展をめぐる経緯について
はじめに
最初にはっきり言っておこう。VOCA展は、あまりにも露骨に政治的だ。全国の美術館学芸員やジャーナリストを、若手の作家たちを、ある種のヒエラルキーに取り込んでしまおうとする意図を感じる。そう思っている私のもとに推薦依頼が来た。実に不快だった。
VOCA展への対応をめぐって、私には迷いがあった。VOCA展に対して不信感を持っていたし、断わってしまうのは簡単だった。しかし、私は、あえて引き受けることにした。自分が批判してきた展覧会に関わる以上、自らが抱いている不信感の原因をできるだけ明らかにすること、を条件として。
私の不信感の理由は、単純である。誰が、誰を、どのような理由で推薦しているか、それは明らかにされている。しかし、では、推薦する人間は、どうやって決めているのか?誰が決めているのか?そして、それが、なぜ明らかにされていないのか?VOCA展を見て、そういう疑問を持っていた。
以下に、一連の経過を時間の流れに沿って示しておく。
1. VOCA展実行委員会から届いた文書(1996年3月18日付)
2. 梅津から実行委員会へあてた質問状(1996年4月23日付)
1の文書を受け取った。唐突で、戸惑った。VOCA展についてはこれまで批判的な見解を持っていたため、作家推薦の際、あわせて質問状を送付した。質問状の内容はこちら。
3. 事務局石塚氏からの回答(1996年4月28日付)
2の質問状に対して、「ご質問の内容について、本来は実行委員会としてお答えしなければないませんが、次回実行委員会が6月となりますので、展覧会を担当する一事務局員といしての回答となりますこと、ご了承ください。」との前置きの上、上野の森美術館石塚春夫氏(VOCA展事務局)よりfaxにて回答が送られてきた。回答内容はこちら。
4. 実行委員会での見解の通知(1996年5月29日)
5月1日、石塚氏より電話があり、質問の件について、次回実行委員会にはかる旨の連絡があった。また、回答内容について尋ねられたが、個人的に知りえたことで解決するわけではなく、何らかのかたちで観客がそれを知ることができるようしてほしいとの意見を再度伝える。5月29日、事務局石塚氏の回答をもって実行委員会の回答とする旨、石塚氏より電話にて連絡があった。ずいぶん乱暴な話だ、と思った。
5. 梅津が執筆した推薦文追記に対する事務局の対応
作家推薦理由を執筆した際、「追記」として「VOCA展は、推薦委員の選出理由および選出過程を明らかにすべきである。」との一文を入れたが、送られたきた校正から削除されていた。何の説明もなく、打診もなく、ただ削除されているのであれば、単なるミスとしか判断できないため、校正の際、追記の欠落を指摘す る。もし何らかの理由で削除したいのならば、その旨連絡があって然るべきではないか、との一言も付した。後日、事務局窪田氏より、削除の件について事前に連絡をしなかった旨の謝罪があり、「推薦理由としては不適切である」ことを理由に、実行委員会として削ってほしいとの見解であることの説明があった。理由は納得がいくものであったため、削除には同意した。しかし、問題は追記を入れるか削るかではなく、カタログなどで観客が知ることができる状態にしてほしい、というのが私のもともとの要望であることを再度説明し、その可能性がなぜ探られないのかを尋ねる。実行委員会では、そのような要望が出てくることは理解できる、との見解も示されているとのことであったが、少なくとも、今回のカタログでは、その可能性はないとの返答であった。
おわりに
ここに掲載した一連の経過を読んでいただければ理解していただけたと思うが、私の要望は、結局、聞き入れられてはいない。確かに、私は個人的には、ある程度、疑問に思っている点を知ることができたし、事務局石塚氏からの回答は、私の予想以上に誠実なものであった。しかし、その回答内容に納得がいくかどうか はまた別の問題であるし、私が望んでいるのは、主催者側が、これを明らかにしてくれることである。明確に答えにくい場合があることは十分に承知しているが、私は、万人が納得する模範解答を求めているわけではない。どのような意志決定も、主観的で、恣意的なものでしかないことを踏まえた上で、そのような決 定が、誰のどのような考えに基づいてなされたのかを明らかにしてほしい、というのが私の要望である。自分自身、ずいぶん煮え切らない態度を取ってしまったものだと思う。断わるなら断わる、受けるなら文句を言わずに受ける。確かに、その方がはっきりはしている。しかし、実際に推薦を受ける作家や、推薦を依頼 される人間の声を無視して、VOCA展のようなシステムが成り立つわけはないと思う。依頼を受けて作家を推薦する、という下請けのようなことを、何の疑問も感じずにできてしまう神経の方が、私は信用できない。結論的に言えることは何もないが、ここに掲載した一連の経過報告が、VOCA展に限らず、美術に関心を寄せる人に対して、何らかの参考になれば、と思う次第である。