2017

海のプロセス-言葉をめぐる地図アトラス1

南 雄介 Yusuke Minami

展覧会へ

 

 

「海のプロセス-言葉をめぐる地図アトラス」は、中根秀夫と平田星司の二人の作家による展覧会開催のためのユニット「エステティック・ ライフ」が、井川淳子と福田尚代というほぼ同世代の二人の作家を招いて企画した、4名の作家によるグループ展である。展覧会の趣旨は、中根の筆になる美しいテキスト(プレスリリース)にほぼ尽くされている。抜粋してみよう。

 

展覧会タイトルの『海のプロセス』は、打ち寄せられたガラス瓶の破片の再生、あるいは時間や記憶の再生産とその物語的構築のプロセスを意味するが、それは繰り返される時間の波に磨耗され形を変えて降り積もる「言葉」のイメージでもある。⋯⋯ 暗闇、あるいは混沌の中で、4人の作家が広げた「言葉をめぐる地図」をコンパスを携え辿っていく行為は、私たちの内に折り畳まれた記憶の地図を私たち自身が広げ、その地図に割り振られたひとつひとつの記憶の番地を訪ね歩くというさらなる私的/詩的体験を促すだろう。⋯⋯ 広げられた地図にアクセスする私たちは、自らの身体で新たな回路/道を開き、そのネットワークは言葉を通じて拡張し、連結し、そして私たちの社会をめぐる地図を束ねた「アトラス/地図帳」となることを想像している。2

 

 4人の出品作家のうち3人の作品は、いずれも静穏な印象を与えるものである。井川淳子のコントラストの強い様式的なモノクローム写真には、ブリューゲルの《バベルの塔》のイメージが床に無数に撒き散らされている様がとらえられている。平田星司の《海のプロセス》は、海浜で採集された風化したガラスのかけら(海ガラス)によって瓶の形状を再構成している。福田尚代の 《エンドロール》では、死者の遺したことばを筆写した和紙(雁皮紙)が、古いガラスケースの中に海のように広がる。3人の作家の作品は、いずれも海に繋がる要素を宿しつつ、それぞれに確固たる世界を作り出している。
 一方、武田多恵子のいくつかの詩を再構成して丁寧に映像化した中根秀夫のヴィデオ作品《もういちど秋を》は、会場の中で唯一、動きと音をもたらす(とはいえ、詩人自身による朗読と、かみむら泰一のサックスの演奏からなるサウンドトラックを除いた、サイレント上映ではあったのだが)。時の巡りを主題とする中根の作品は、展覧会全体の参照点として機能しているようにも感じられた。 三人の作家に内在しているはずの時間性を、顕在化させていたからである。それは、海/ことばの本質でもあるのだろう。
 とはいえ、展覧会を見た印象は、「4人の作家が共通のテーマについてそれぞれ考察し制作した作品を集めたグループ展」とも、「あるストーリーに基づいて集められた作品から構成されるテーマ展」とも異なっている。会場を巡っていくうちに、4人の作品世界は重奏しあい、ひとつの緊密な「場」が作り出されていく。この「場」の体験こそが、展覧会を見ることの本質であり、企画者たちの言う「エステティック・ライフ(美的生活)」なのではないだろうか。   

[みなみ ゆうすけ 愛知県美術館 館長(審査委員)]

 


1. 第6回 都美セレクション・グループ展 記録集より (発行: 東京都美術館, 2018年, p.21)

2. 中根秀夫のテキスト全文はこちらへ

 

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